主要地方道東城西城線・東城〜西城

 県道東城西城線は、庄原市東城町森で国道314号線より分岐、権現峠(ごんげんたお)を越えて庄原市西城町で国道183号線に合流する路線。


 県道東城西城線の起点である、国道314号線との交差点。案内標識には、東城西城線のほうには路線番号があるだけで行先の表示はなく、西城へは国道314号線を直進するように案内されている。かつては、この道を通って東城と西城を結ぶバス路線もあったが、既に廃止されており、国道が改良されたことで、東城と西城の間の移動に、距離的には近いこの峠越えの道を利用する人はほとんどいない。



 案内標識に従って県道へと左折すると、1車線幅の未改良の道が続いている。森学校校舎址の石碑の前を過ぎ、昭和5年の架橋後、80年近く経っている小出居橋という短い橋を渡る。



 左へカーブして短い坂道を登りつめたところが交差点となっており、交差点から先は、ほ場整備と並行して進められた道路改良工事により、改良された道が続いている。



 ほ場整備の終わった水田の横に続く県道を走り、川鳥という集落を抜けようかというところに、西城別というバス停があり、その先で県道森始終線が左へと分かれていく。



 交差点の先には異常気象時の通行規制区間の予告標識と電光掲示板が建っており、その先のカーブに幅員減少の警戒標識があり、未改良区間へと入る。両側から山の斜面が迫ってきて、切り通しの中を進んでいく。



 緩い下りの坂道を走ると、進行方向左手に川沿いに水田の中に民家が点在する保田の集落が見えてくる。橋を渡ると、右手に小さな乗合バスが1台入る備北交通の安田車庫がある。




 右へと市道が分かれる交差点の角には、明治28年と刻まれた石の常夜灯が建っており、その周りには何体もの古いお地蔵さんが置かれている。交差点のすぐ先の民家の前には保田というバス停があり、民家の柱には時代を感じさせるバス停の看板が今も残っている。




 このあたりは道路沿いにところどころに古いお地蔵さんが置かれており、上段左の写真に写っているお地蔵さんは明治44年と刻まれていた。進行方向の正面に数軒の民家があり、そちらへも道がまっすぐと続いているが、県道は左へと曲がって山裾を進んでいく。



 右へと大きくカーブを切るところで、左へと片側1車線の市道が分かれていく。山の斜面の途中に作られた緩やかな上りの坂道が続いており、途中から、中央線はないものの車同士のすれ違いも可能な道幅となる。




 坂道を上りきったところが権現峠の頂上で、峠の頂上を挟んで、道路の右側半分に仮設の防護柵が建てられ、右手の山の斜面を削る工事半ばの様子。権現峠の頂上は、陰陽分水嶺となっており、それを記した小さなプレートが石積みの中に取り付けられている。峠の頂上から少し下ると、電話の中継施設の跡が残っており、その先に林道との十字の交差点がある。



 交差点からの南側の林道は工事の途中。この林道は、緑資源機構が建設を進めている、大規模林道支線の高尾小坂線で、庄原市東城町と神石高原町を結ぶ計画となっている。交差点から先は再び1車線幅の道となる。



 坂道を下っていくと、前方の木立の向こうに建物の屋根が見えてくる。大きな左カーブの先で緩やかな坂道となり、農家とその倉庫などが数棟ある。



 県道の下に続く谷あいは、昔は水田として耕作されていたようだが、今では荒れ果てた休耕田となってしまっている。県道は下の谷とは無関係の緩やかな下り坂道となっているので、次第に谷との高低差が増していき、離れていく。



 ガードレールの切れたところから、県道の下へと下る未舗装の道が分かれており、その先には民家が二軒建っている。その先は道路以外に人の気配を感じさせるものは目につかなくなる。



 ともに今は合併して庄原市の一部となった東城町と西城町の町境には、今も標識が建っている。通る車が少ないことから、降り積もる落ち葉で路面が埋め尽くされてしまっている箇所もある。



 間伐されていないためか幹の細い杉と雑木が混生する林の中を道は続いている。山の斜面を切ることを極力抑え、地形に逆らわないように道路が作られているため、等高線の凹凸に沿うようにカーブが続く。




 山の斜面を通っているが、道路左側の樹木が茂っている箇所がほとんどで、走行中の眺めはよくない。しかし、視界をさえぎる樹木がなければ、県道のはるか下方に広がる集落の様子を眺めることが出来る。下段左の写真は、県道から見える、庄原市西城町平子あたりの風景。



 県道から見えた集落へは下りずに、そのまま山の中腹を進んでいく。遠くから重機の動く音が聞こえてくるようになり、前方に木の生えていないむき出しの斜面が見えてくる。



 進んでいくにつれ、聞こえてくる重機の音は次第に大きくなり、やがて採石場の前に出る。工事で使用する砕石を運ぶダンプが出入りするため、採石場前の道路は非常にほこりっぽい。



 採石場から西城の街までは、砕石を運ぶダンプとのすれ違うことも多い。ただ、すれ違いのための待避所も何箇所かあるので、そこを利用して離合は出来る。



 道路の右側にわずかな平場があり、そこには石碑や常夜灯、さらに神社が建っている。ここからは、すぐ下に広がる西城の街並みを一望することが出来る。



 西城の街並みへと下りるため、西城川の支流である川沿いへと大きく回りこむ。大きな左カーブを描いて川沿いに下りると、ほどなく民家が見えてくる。



 県道の両側に建ち並ぶ民家の間を通り、突き当りの三差路を右折する。右折した先の道路は、備後西城駅の前までは、道幅が広い。



 備後西城駅の前を通り過ぎ、そのまままっすぐ北へとむけて進んでいく。駅前通りということで昔は賑わっていたのだろうが、芸備線を利用する人が減った今では静まりかえっている。



 可愛(えの)橋という名前のたもとで左折し、その橋を通って西城川を渡る。ほどなく、芸備線の踏切があり、踏切を渡ったすぐ先が国道183号線との交差点となっており、ここが県道東城西城線の終点である。


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